取材の日、少し緊張しながらお家へお訪ねすると、玄関前のかわいらしいゴリラの置物と共に、「いらっしゃい♪」と、あたたかく出迎えてくださった泉夫婦。
大学を卒業後、愛知県で花火師の道にすすんできた泉さんが、一体なぜ田舎暮らしを始めようと思ったのか、曽爾村への移住を決断するまでに夫婦で準備したこと、そして、猫と夫婦で紡ぐ曽爾村での暮らしなど、いろんなことをお聞きしました。曽爾村への移住を志す全ての方に読んでいただきたいお話です。
───おふたりが田舎暮らしをしようと思ったきっかけを教えてください!
宏樹さん「僕が『田舎暮らしをしたい』と思い始めたことがきっかけです。曽爾村に来る前は、愛知県で花火師をしていました。花火が大好きで、もちろん仕事自体は嫌いではなかったですし、やりがいを感じていました。でも、やりがいと比例するくらいしんどさや苦しみもあったので、僕自身の中で、仕事を軸にした人生よりも、生活の豊かさを求めて、田舎暮らしや農のある暮らしに興味が移ったんです。」
───田舎暮らしをしたいと旦那さんから聞いた時、どう感じましたか?
めぐみさん「『えっ!?』って思いました(笑)。小さい頃は古民家で暮らしていたので、『また寒くて虫が出てくる家で暮らすんだ…。』とどちらかというと田舎暮らしに対してマイナスのイメージを持っていました。愛知県で住んでいた家は、新しい食洗器や浴室暖房がついていて、便利でしたし、特に生活に不満は無かったんです。」
───乗り気ではなかった田舎暮らしをやってみようと思ったきっかけはあったのでしょうか?
宏樹さん「ふたりとも旅行が好きだったので、まずは次の住処探しとして、旅行と兼ねて、いろんな地域を訪れてみました。住んでいた愛知県からアクセスしやすい、近畿や東海、長野県など多くの地域を巡りました。」
めぐみさん「様々な地域の民泊に泊まって、実際の暮らしを体験するうちに、田舎暮らしってだんだん良いかも、ってなったんです。今では、田舎暮らしを私の方が楽しんでいるかもしれないです。曽爾村に来てよかったと思っています。」
───様々な地域を巡っている中で、どうして曽爾村に移住されたのですか?
宏樹さん「実は最初は、曽爾村は移住の候補地に入っていなかったんです。けれど、移住に関する情報収集をしているとき、(一社)曽爾村農林業公社さんの求人を見つけて、曽爾村を知りました。僕自身、食事としてお米が好きで、お米作りに関心があったことに加えて、村のためになるお仕事もいいな、って求人内容を見て思ったんです。そこからすぐに連絡して、面談などを経て内定をいただき、曽爾村への移住が決まりました。」
めぐみさん「公社さんに内定をいただくまでに、ふたりで4、5回くらい曽爾村に訪れました。公社さんと事前面談もしていただきましたし、『曽爾FOOD~風土~』が主催する『そにふぅどないとまぁ~けっと』にも行きました。そういった曽爾村で暮らしている人と実際に会って話す機会が、移住後に地域に馴染めるかという不安を減らしてくれた気がします。」
───前職は花火師だったとのことですが、経験のないお仕事に挑戦して、どんなことが大変でしたか?
宏樹さん「慣れない初めての作業なので、手探りで仕事をするストレスはありますね。長年やってきた仕事は、身体が覚えていて、スムーズに仕事を進められるけれど、転職してから『これで合っているのかな』とひっかかる部分が多くあるんです。前職では、自分で決断できるポジションにいましたが、転職をして、経験も知識もないので、全て聞かないと分からないという大変さが多少はあります。数年後、今の仕事に慣れてきたらクリアできるとは思っていますけどね。」
───曽爾村での新たなお仕事は、地域と密に関わることが多くあると思うのですが、実際に働いてみてどうでしたか?
宏樹さん「率直に言うと、移住前は地域に密着した仕事ということをあまり想像できていなかったんです。お米作りに携わる仕事ができる楽しみが大きくて、村民さんと密に関わる不安とかもなかったですね。ただ実際に働いてみると、民間企業で働くことと地域のために働くことに、かなりギャップがあることに驚きました。花火師のときはお客さんが明確でシンプルでした。今の仕事では『曽爾村をよりよくする、村民さんに喜んでもらえるようにする』という要素が強くあるんです。いろんな立場の村民さんの目線に立って考えながら仕事を進める難しさがあると感じています。」
───その一方で、地域に密着したお仕事ならではの良さはありますか?
宏樹さん「たくさんの方と顔見知りになりやすいことですかね。村内で働くことは、住んでいる地区以外の人たちと出会う良い機会だと思います。役場や農協、郵便局など村内の施設にもよく仕事で訪れますし、村外で仕事しながら村内に住むより、地域に馴染みやすいかもしれないです。」
───先ほど、仕事が軸の人生から、生活の豊かさを求めて、田舎暮らしに興味を持ったとおっしゃっていましたが、曽爾村に来てライフスタイルに変化はありましたか?
宏樹さん「仕事のしんどさを仕事以外の日常にも引きずるタイプなので、移住前の生活では、仕事が終わってからも、どんよりすることが多かったんです。でも今は、残業が少なかったりと、前職よりも仕事に対するウェイトを下げることができていて、仕事を含めた生活全般を楽しめています。」
めぐみさん「愛知県にいた頃は、名古屋に買い物に行きたいと思うことも多く、都会的な生活を好んでいたけど、曽爾村に住んでからは『自然最高!』になりました(笑)。もう村内で満足しています。休日は、曽爾高原ファームガーデンにお気に入りのソフトクリームだけ買いに行ったり、パンや果実シロップを手作りしたり、と曽爾村で過ごすことがほとんどです。」
宏樹さん「お出かけは、自然と減ったよね。我慢はしてないけれど、自然にお金を使わない暮らしになってきました。昔はお出かけして、ランチして『美味しかった』『よかった』となっていましたが、今は、『外食でこの値段払うなら、曽爾村での自炊の方が良いな』となりつつあります。」
───曽爾村に来て、おふたりで過ごす時間も増えたのでしょうか?
めぐみさん「そうですね。花火師だったときは、夏はほとんど家に居なかったですし、夜や土日にいないことも多かったんです。今は、ふたりで家にいる時間が増えて、畑とか草取りとか一緒に出来ることが増えました。」
───休日はおふたりで畑作業をされることが多いのですか?
めぐみさん「はい。基本的にはふたりで作業しています。ひとりで作業していたのは、夏に葉っぱの裏にくっついている害虫採りを頑張ったくらいですね。作物の茎に、害虫がくっついているのをそのままにしていたら、卵を産んでしまって、何百匹も退治する羽目になってしまって。なので夏は、平日は私がひたすら虫取りをして、休日にふたりで野菜を収穫するという風に過ごすことが多かったです。」
───おふたりは、家庭菜園の経験がこれまであったのでしょうか?
宏樹さん「ゼロです(笑)。」
───どのように畑のノウハウを学んだのでしょうか?
宏樹さん「まず初めに、ジャガイモに挑戦したんですけど、その時にご近所のトマト農家さんに師匠になってもらって、『こうやって耕すんやで』とか『畝はこうやって作るんだよ』と土づくりから教えてもらいました。ジャガイモがいっぱい採れて、そこから畑にハマりました。その後は、マルチ貼りのような初めての作業を師匠に教えてもらいながら、あとは見様見真似で、いろんな種類の野菜に挑戦しています。」
───今はどのくらい作物を育てているのでしょうか?
めぐみさん「今は、ハラペーニョ、茄子、ピーマン、らっきょう、白菜、いちご、スティックセニョールなど、どれも少量ですが、いろいろ挑戦しています。自分たちで収穫した野菜に加えて、お裾分けをいただくこともあるので、すぐに食べきれない時は、切って冷凍保存しているんですが、最近冷凍庫がパンパンになってきました(笑)。あとは、ハラペーニョでピクルスを作ったり、カブを甘酢漬けにしたりすることで、美味しさを長持ちさせています。」
───家庭菜園を初めてよかったな、と思うことはありますか?
めぐみさん「畑をしていると、『今何してるの?』と声をかけてもらうことがあって、つながりができる良さがあると思います。畑で『ここが難しい』と相談して、アドバイスとか便利グッズの差し入れをいただくこともあって、本当にありがたいです。」
───マイナスイメージがあった古民家暮らしを始めるにあたって、なにか準備をしたことはありますか?
めぐみさん「家の中に虫が入らないように対策をしました。具体的には、換気扇にカバーをしたり、隙間テープで隙間を塞いだり、カメムシの季節は、雨戸に虫よけスプレーをしていますね。他にも、洗面所などの排水溝にネットを巻いて、小さい虫でも這いあがれないようにすることや、畳をめくって畳の下に防虫・除湿シートを張って、床下からの侵入も防いでいます。」
宏樹さん「あとは、家の出入りは素早くして、ドアを開ける時間を減らしてます(笑)。」
───かなり虫対策をされていますね。寒さ対策はどのような工夫をされていますか?
宏樹さん「猫を2匹飼っているので、エアコンの設置はもちろんですが、冷気対策にも力を入れました。古民家あるあるだと思いますが、壁に小さな隙間が空いていて、覗くと外が見えるところが何箇所かあったんです。引っ越してきてからすぐに、コーキングでとにかく穴を埋めました。全部で5本分くらい使いましたね。」
めぐみさん「2階の窓のサッシがゆがんでいて、窓を閉めているのにヒューヒュー音が鳴る状態だったんです。サッシの隙間に全部ティッシュを詰めちゃいました(笑)。それでも外からの冷気が入ってくるので、アクリルボードで、簡易的な2重窓にしました。」
───隙間風をしっかりガードして、猫たちも曽爾村で快適な暮らしを送れそうですね。今のご自宅は賃貸とのことですが、冷気対策で行ったDIYなどは毎回大家さんに許可をいただいているのでしょうか?
宏樹さん「一応、補修やDIYをする前に、大家さんに毎回許可はもらっていますが、大家さんからは二つ返事で、『自由にしていいよ』と言ってもらっているので、ありがたいです。猫たちが家の中で遊べるように、押し入れの壁に階段をつけて、押し入れキャットタワーも作らせてもらいました。」
めぐみさん「ほかにも、棚を設置したり、キッチンの戸棚にリメイクシートを貼ったりしました。一階のリビングの壁がぽろぽろとはがれかけていたので、漆喰を塗らせてもらうだけで、部屋の雰囲気が明るくなった気がしています。」
───お話を伺う中で、かなり大家さんと良好な関係性を築かれている印象を受けました。普段から一緒に畑作業や、地域行事に参加されているのでしょうか?
めぐみさん「そうですね。田舎ならではの大家さんとの良い関係性が築けていると感じてます。大家さんの庭で採れた果物を一緒に食べたり、夏の雑草が生い茂る時期は、大家さんと一緒に、庭や畑、大家さんが植えているお花の周りなどの草引きをしていました。」
宏樹さん「大家さんが自分たちのことをご近所さんに伝えてくれて、ご近所さんとの関わりを増やしてくれた感覚がありますね。4月に隼別(はやたか)神社でおこなわれるごくまきのあと、ご近所さん10名くらいのお花見に誘っていただいたことがあったんです。初めましてのご近所さんとたくさんお話できたのはすごく嬉しかったですね。」
✦ごくまき:お供え物のお餅を「ごく」と呼ぶ。曽爾村では田植えや稲刈りの時期に五穀豊穣を祈って行われる
───曽爾村に移住して、田舎ならではの地域付き合いだと感じたことはありますか?
めぐみさん「今住んでいる地区の方がすごくあたたかくて、移住者だからという壁みたいなものをあまり感じずに、お花見のようなコミュニティに入れるのは嬉しいですね。やっぱり、大家さんのおかげですね。大家さんのところに住んでいる夫婦ということで、受け入れやすくなっていた部分があると思うので、自分たちだけだと馴染むまでもう少し時間がかかったと思います。」
宏樹さん「いきなり物件を購入して住んでいたら、今とはちょっと違う付き合い方だったかもしれないですね。」
───曽爾村に移住されて半年が経ったおふたりですが、曽爾村のコミュニティには馴染んできましたか?
めぐみさん「地域付き合いはスロースタートだったんですけれど、ここ最近、いろんな方と知り合えてます。キハダ染め体験ができる村内のイベントに参加して出会った方に、手芸クラブを紹介していただいたり、選挙の期日前投票のアルバイトでお友達ができたりしました。移住前は馴染めるか不安でしたが、たくさん知り合いができて良かったって思っています。」
宏樹さん「僕は、曽爾高原の山焼きで顔見知りが増えました。徐々に知り合いができて、村内で挨拶する機会や、車で走っていると運転席から会釈することが増えました。車で知り合いとすれ違う時に、運転席からお互いが手を挙げて挨拶する習慣がなんだか好きなんですよね。」✦山焼き:曽爾高原一面を覆う古いススキを燃やし、ススキの新芽の育成を促すための行事。毎年2月頃実施される。
──最後に、おふたりから曽爾村移住を志しているみなさんへメッセージをお願いします。
泉夫婦「移住前に知れることは曽爾村の一部かもしれないけれど、直感を信じて思い切って移住しました。期待と違ったこと、期待以上のこと、実際に移住して暮らしてみてどちらもありました。だけど『今では移住してよかった!』とふたりとも感じながら暮らしています。星空が想像以上に綺麗です!」
取材中、お庭の側にやってきたアサギマダラや、畑にいたトンボに大興奮の様子だったおふたり。曽爾村にある何気ない自然を心の底から楽しんでおられる姿が印象的でした。
おしまい
✦山焼き:曽爾高原一面を覆う古いススキを燃やし、ススキの新芽の育成を促すための行事。毎年2月頃実施される
(2025年10月取材)