単身で移住し、曽爾村で新たな家族ができた石之さん

#くらし#しごと#単身移住#地域おこし協力隊#子育て

奈良~平安期、漆を司る政庁「塗部造(ぬりべのみやつこ)」が置かれていたとする文献がのこり、漆塗りがはじまった地とされる曽爾村。 

時代とともに衰退してしまった曽爾村の漆文化ですが、村の誇りを取り戻そうと、塩井の地域の方々が立ち上がり、2005年に「漆ぬるべ会」を立ち上げました。 

「漆ぬるべ会」のメンバーと一緒に曽爾の漆の活動を盛り上げようと2017年に地域おこし協力隊として移住された石之美佳さん。 

たった1人で、曽爾村に移住し、どんな道を歩んできたのか。そして、新たな家族との曽爾村での暮らしについてお話を伺いました。 

地域と深く関わるお仕事に興味がある方、田舎で子育てをしたいと考えている方、是非ご覧ください。 

曽爾村への移住

───曽爾村に来る前はどんなお仕事をされていたのでしょうか。 

「東京で、家具メーカーの営業事務として働いていました。元々、学生時代に木工芸を学び、漆塗りに興味があったんです。漆塗りを扱っている家具メーカーということに惹かれて入社し、ショールームで接客しながら、営業・販売に関する事務をしていました。」 

───曽爾村に移住を志すきっかけは何だったのですか。 

「職場は東京だったのですが、埼玉県の大宮に住んでいて、朝の混雑時の通勤が苦痛だったことや、仕事がこれ以上面白くならなさそうと感じていたとき、ゆるりと転職活動をしてたんです。そんなとき、カフェで求人サイトを眺めていたら『曽爾村地域おこし協力隊』の募集に関する記事を見つけました。最初は、奈良県にゆかりがなく、曽爾村という読み方すら知らなかったのでピンと来てなかったんです。でも『地元の人達と一緒に漆の木を植えて育てる』という漆にしっかり携わることができそうな曽爾村の地域おこし協力隊の求人について、カフェでコーヒーを飲みながらじっくり考えているうちに、いいなと思ったんです。まずは『どんな場所か行ってみよう』と思い、求人を見つけた3日後には曽爾村に訪れ、役場の人から地域おこし協力隊についてお話を伺っていました(笑)。」 

───すごいスピード感ですね! 

「そうですね。勢いが大事でしたね。役場の方のお話を聞いてから、面白そうという気持ちがさらに強くなり、地域おこし協力隊の選考に応募して採用してもらえました。実は、求人を見つけたのは12月ごろだったので、初めて曽爾村のことを知ってから地域おこし協力隊の任期が始まるまで4か月という短い期間で移住したんです。曽爾村に移住した方の中でも、かなり準備期間が短いと思います。でも、私は、仕事に満足していないし、東京での生活もしっくりこない、『何かを変えたい』という一心で、勢いでここに来たことが、結果的にすごくよかったと思っています。」 

地域おこし協力隊として地域と関わるということ

───石之さんは、2017年4月に地域おこし協力隊として着任され、移住されたんですよね。初めての田舎暮らしはどうでしたか。 

「移住した最初のころは慣れない環境に緊張していましたね。でも、元々の性格も相まって、しんどさとかは感じずに、『こういうもんなんだ』って受け入れることができてましたね。虫や寒さは慣れますし、『冬場に水道が凍結するって面白い!』みたいな感じです。あと、曽爾村の全部が新鮮でしたね。今まで住んでいた場所と景色が違うことはもちろん、田舎ならではのご近所さん同士のコミュニケーションを間近で見れたことなど、全てを刺激的に感じていました。」 

───実際に、地域おこし協力隊としては、どんな活動をされていたのでしょうか。 

「『漆ぬるべ会』の活動に加わり、漆の植樹や漆を採取する漆搔きの活動を一緒にしていました。他にも、柿の葉に漆を塗った器作りのプロジェクトが始まったので、技術面や商品化に向けたサポートや、曽爾村での漆に関する活動の発信、『ねんりん舎』の管理・運営などをしていました。最初のころは、地域の方々がしてほしい仕事と私がやりたい仕事のずれを感じることもありましたが、任期の3年間を通して、そのずれをちょっとずつ調整しながらうまくやっていく感じでしたね。最終的には、お互い良い関係になれました。」 

✦漆ぬるべ会:曽爾村の漆の文化を復活させるために、漆の植樹や採取に取り組んでいる団体

 ✦ねんりん舎:古民家を改装し2018年にオープンした曽爾村漆復興拠点施設 

───地域の方々と一緒に活動する面白さはありましたか? 

「身の回りにあるものを使ってなんでも作ってしまうことに驚きましたね。私自身、工芸的な漆塗りの知識はあったんですけれど、植物としての漆を育てることは初めてでしたし、『漆ぬるべ会』のメンバーも漆の育て方や採取に関して手探り状態からスタートしたんです。街に住んでいた私にとっては、何から始めたらよいかわからず、想像のつかない作業でした。でも、おっちゃん同士が『ここに柵を作ろう』といって、自分たちで柵を立て始めたり、漆搔きの足場が必要になったときに『山から竹切ってくるわ』や『ユンボ入れるで』など山や身の回りにあるもので足場をこしらえていくことを間近で見たときにすごくびっくりしました。他にも生活の面では、近所のおばあちゃんがお漬物やお味噌を手作りしていたり、山菜や筍を採って食べたり。田舎という環境だからこその面白さだと思います。」 

───地域の方々と関わっていく中で大切にされていたことはありますか? 

「うーん。特別なことは何もしていません…。強いて言うなら、地域行事や出合いにはできるだけ出席するよう心がけていました。でも、実際に参加したら、地域の方々は単身女性が曽爾村に移住したことがすごく珍しく心配だったようで『無理に参加しなくてもいいよ』という風に言っていただくことがありましたね。お野菜をいただくこともしばしばあったのですが、『地域の方々の優しさには仕事で返す』という思いをもって、協力隊の活動に励んでいました。」 

出合い(であい)集落ごとの草刈りや河川の清掃の集まりのこと。年に数回ある 

曽爾村での新たな暮らし

───曽爾村での漆の取組みの中心となって活動されていた石之さんですが、協力隊卒業後、曽爾村出身の方とご結婚され、今も曽爾村でご家族と過ごされているんですよね。 

「そうですね。かなりレアだと思います(笑)。地域おこし協力隊3年目の終わりには、結婚が決まっていて、任期終了後すぐに今のお家に引っ越してきました。今は、夫と、5歳の長女と3歳の次女、1歳の長男の五人家族で住んでいます。」 

───単身での曽爾村の生活と、結婚してからの曽爾村の生活とは、何か変化はありましたか? 

「曽爾村での生活に慣れてからお家に入らせていただいたので、大きなギャップはなかったですね。地元ならではの役回りや、田舎のお葬式など田舎ならではの風習は、最初の数年間である程度掴めていましたし、単身と、嫁という立場の違いで苦労することは、そこまでなかったですね。ただ、私自身の意識はあまり変わらなかったのですが、周りの方々からの目は少し変化があったように思います。単身で暮らしていた時は『地域おこし協力隊の任期が終われば村から出て行ってしまうかもしれない、自由な立場の人』という風に私のことを見ていた方もいたでしょうし、それがある意味では一個人として気楽な関係を築きやすいところでもありました。でも地元の方と結婚したことで家同士の付き合いも生まれるので、気を使われる場面も増えて、私個人というよりは『家』を意識した関係に変化していきました。」

───曽爾村で3人のお子さんを妊娠・出産された石之さんですが、田舎ならではの不安はありましたか? 

「すぐ近くに病院がなかったことですかね。私は、三重県名張市の産婦人科でまだ分娩ができたので、3人ともそこで出産しましたが、なにか有事の際に病院まで車で30分かかることに不安はありました。大きな病院だともっと遠くなりますし、通院などに時間がかかるのは大変な面だと思います。」 

───妊娠期間中を曽爾村で過ごしてよかった部分はありますか? 

「妊娠していた時、コロナ禍だったこともあって、『人混みに行くから気をつけなきゃ』という心配がなかったことはよかったですね。この自然豊かな環境だったからこそ、3人とも妊娠している期間中はのびのびとした気持ちで過ごせることができました。人によると思いますが、私は曽爾村のきれいな景色に囲まれて過ごしたことで、外的な影響を受けずに精神的に安定できていたのはよかったですね。」

曽爾村での子育て

───現在、石之さんは3人のお子さんの子育て真っ只中ですが、曽爾村ならではの子育ての良さを感じることはありますか? 

「人によって感じ方はいろいろだと思いますが、自然豊かな場所で、のびのび育てられるのはメリットだと思います。生活している中で、子供と一緒に見る景色や感じられる季節感がやっぱり豊かでいいですね。食べ物も旬のものを食べさせることができるし、生産者さんがすぐ近くにいて、『誰々さんが作ったお野菜だよ』と言いながら、子供に食事させられることはすごくありがたいです。あとは、チャイルドシートの無償貸与や給食費の助成など金銭面での補助が充実しているので、かなり助かっています。」  

───その一方で、田舎だからこそ子育てで大変だと思うことはありますか? 

「大きな自治体と比べると子育てに関するサポートの選択肢が少ないことですかね。未就学児に関して言えば、保育園が全面的に相談にのってくださいますが、それ以外の民間の支援制度や施設といったものは特にないので、選択肢としては少ないと思います。『のびのび育てられる』とは言っても、子育てするために、自然環境が整えられているわけではないので、山の中で遊ばせるって言ってもなかなか現実的ではないです。それでも保育園は、土日に園庭を開放してくれていますし、入園前の子供も遊びに来ていいよ、と言ってもらえるのでありがたいです。」  

───曽爾村の保育園が公園のように使用できるのはいいですね。実際にお子さんを預けてみて感じることはありますか? 

「曽爾村の保育園のアットホームな雰囲気は唯一無二で、本当に温かいです。先生と保護者との距離感や保護者同士の関係性に心地よさを感じますし、少人数だからこそ、子供たちも年齢の壁を越えて多様な関係性を学んでいると思います。送り迎えの時には、お父さんお母さんだけでなく、おじいちゃんやおばあちゃんが来ていることもありますし、村の規模が小さいからこそ、なんとなくみんな顔見知りで、いわばご近所さんとして接することができるので安心できるな、と思っています。」 

───地域の方とのつながりを持ちながら子育てできる環境が曽爾村にはあるんですね。 

「近所の人が自然とおばあちゃん家に出入りしておしゃべりする、そんな家族以外との関わりがすごく多いので、ちゃんと地域の人たちが子供を見守ってくれている安心感がありますね。私の場合は、夫の実家が隣なので、夫の家族に子供をみてもらう時間があったり、夫の職場が近いので、夫も家にいてくれる時間が長いですし、本当にみんなで子育てしている感じが曽爾村での子育ての良さだと思います。」 

───石之さんは、都会での子育てと曽爾村での子育てを選べるならどちらを選びますか? 

「曽爾村ですね。周りに気を使わなくてよい環境がすごく良いですね。車の交通量は都会より少ないですし、子供と一緒に散歩していても楽しいですよね。ただ歩いているだけでも、都会の環境と曽爾村での環境では、見えるものや肌で感じるものが違うと思っています。」 

曽爾村移住を考えている人にメッセージ

───最後に、曽爾村へ1人で移住し、結婚、そして妊娠・出産をご経験されてきた石之さんから、曽爾村で子育てを考えておられる方へメッセージをお願いします! 

「どんな環境で子育てしていても大変なときはあると思います。私も自然が豊かな環境で暮らしているからといって、心にいつもゆとりがあるわけではないです。でも、この曽爾に溶け込んでいる日常の些細な風景が尊いものに見えることもあると思うんです。例えば獅子舞や稲作のように、地域の人と一緒に何かに取り組んだり土地に根付いてきたものを自然な流れで吸収していけることは街にはない良さだと思います。あまり考えすぎずに飛び込んで来てほしいです!」 

 

「漆」への興味から曽爾村に移住した石之さん。 

「仕事」を入口にしつつ、現在では「暮らしの一部」として地域と関わり、曽爾村での生活に馴染んでおられる姿が印象的でした。 

おしまい

曽爾村用語辞典

✦漆ぬるべ会:曽爾村の漆の文化を復活させるために、漆の植樹や採取に取り組んでいる団体 

✦ねんりん舎:古民家を改装し2018年にオープンした曽爾村漆復興拠点施設 

✦出合い(であい):集落ごとの草刈りや河川の清掃の集まりのこと。年に数回ある