「1人が不安で、自ら動いてみた」20代のはじめての田舎暮らし

#くらし#しごと#すまい#単身移住#村内就職

「22歳で曽爾村に移住してきた子がおるで」

そんな話を小耳にはさんだとき、どれほど驚いたことか。

人口1,300人弱、人口の半数以上が65歳以上という、「消滅可能自治体」にも指定されている曽爾村。

村の中では50~60代なんてまだまだ若手と言われるこの村に、まさか20代前半の人が、しかも単身移住をして1年半暮らしているというのだ。

一体どんな人で、どんな暮らしをしているのか…?
村ではなかなか珍しい、20代の移住者の素顔に迫りました。


同世代で移住に興味がある方はもちろん、単身移住を志すすべての人に読んでいただきたいお話です。

新卒採用で曽爾村に単身移住

噂の20代移住者は、神奈川県出身の東さくらさん。
普段からお世話になっているという「お食事処2・7」で合流。

会った瞬間に「こんにちはー!今日はよろしくお願いします!」と、ものすごい笑顔とハキハキした口調で挨拶をいただきました。ま、眩しい…!!

──単刀直入に聞きます!なぜ20代前半で曽爾村に?

「ははは(笑)びっくりですよね(笑)きっかけは、就職のためです!
学生時代は発酵食品やお酒作りについて学ぶ醸造科学科を専攻していたので、そのご縁で曽爾のクラフトビールを作る会社に新卒入社したのが移住のきっかけです。2023年に移住して、今ちょうど1年半くらいです。」

どうやら、高校生の時に海外へ短期留学をした際に日本食品が恋しくなり、味噌や醤油等の発酵食品について関心を抱くようになったそう。
その経験をもとに、醸造について学べる大学に入学し、味噌・醤油・日本酒・ワイン・ビール・焼酎作りを一通り勉強したとのことです。


「在学中にクラフトビールが好きになって、色々なクラフトビール関連の求人を探していたんです。ほとんどの求人が関東圏内だったなか、地方で唯一の求人が曽爾村のものだったんです。
醸造科学科に入った時点で、『老舗の発酵調味料メーカーに勤めたりする場合は必然的に地方勤務になるよな~』と考えていたので、聞き馴染みのない『曽爾村』という地方求人もすんなり受け入れられて…。様々な条件を他の求人と見比べて、ここに行こう!って決めました。」

──生まれも育ちも神奈川県で、地方での暮らしに不安は感じなかったですか?

「自分の生活スタイルを考えても、『都会より田舎暮らしが向いているかも』という感覚があったんです。睡眠時間は絶対に8時間は取りたくて…。都会で働くと通勤に時間がかかったり、仕事終わりの飲み会があったり、社会人の生活スタイルが全然想像できなかったんですが、田舎は生活リズムがきっちりしていて、しっかりと睡眠時間を取れるイメージがあったんですよね(笑)」

実際に暮らしてみたところ、朝6時にチャイムが鳴って起こされてしまうので、その分早く寝て睡眠時間を確保するようにしているそうです。暮らしているうちに慣れてしまったのか、現在は朝6時のチャイムは聞こえないとのこと(笑)

 

──友人やご両親の反応は?

「友人たちは、『さくらなら行きそうだよね』と変に納得していました(笑)
一方、両親はすごく不安だったらしいです。けど、1年半暮らしている今は、『同じ遠方でも、大阪で一人暮らしをするよりも曽爾で一人暮らしをしている方が安心』と言ってくれます。」

──「大阪よりも曽爾の方が安心」と両親が思ってくれたきっかけは?

「大家さんも優しいし、有難いことに地域の皆さんがとてもやさしくしてくれるからです。
それを実感したのはコロナに罹ったとき。地域の方や職場の人が心配して家まで差し入れを持って来てくれたんです。これがもし大阪や東京だったら、一人きりで部屋に籠って寂しく戦っていたんだろうな…と。そう思うと、地域の皆さんの温かさに触れ、曽爾に来てよかったなぁと思えたし、地域付き合いが盛んな曽爾の様子に両親も安心してくれたんです。」

地域付き合いは予想外の連続

──東さんにとっては初めての田舎暮らしですが、この1年半の地域付き合いの様子を教えてください。

「大家さんが、取れた蜂の巣をいきなり見せに来てくれたり、近所の方が育てている『月下美人』という一夜だけ咲くお花を夜な夜な一緒に眺めたり…。都会に暮らしている時には想像していなかったプチイベントが日々たくさん起こります!

あとは、野菜のお裾分けもたくさんいただきますね。朝にきゅうり3本、夕方にも3本もらったことがあり、その夏は冷やし中華をたくさん食べました(笑)。『1日で?!こんな量を?!』と驚くほどたくさんの野菜を頂けるので、とても嬉しいし有難いですね。」

──いただき物をした際は、何かでお返しをするのでしょうか?

「地域の皆さんみたいに畑をやっている訳でもないので、自分から返せる品物がなかなか無いんですよね。なので、実家からお中元・お歳暮を贈らせていただいたり、いつも懇意にしてくださる方が営んでいる村内のお店に行って、買い物や用事はなるべくそこで済ませるように意識しています。

そうやって日々コミュニケーションを取っているなかで、スマホの機種変更のやり方を近所のおじいちゃんおばあちゃんが聞きに来てくれた時は、お互い良い関係性が築けているのかなぁって嬉しかったですね。」

──驚いたことや不慣れだったことはありますか?

「ある時、夜遅くに帰宅した日があったのですが、翌日にご近所さんから『昨日帰り遅かったなぁ』と言われ、最初は驚きました。ただ、その文脈に嫌味がある訳でもなく、純粋に心配してくださっている様子で、『起こしちゃったかな…』って少し反省しました。
人と人との距離が近い分、都会とは違うご近所さんの目を気にする必要があるのかな、と思いますね。」

──人口が少ない村だからこそ、普段から地域の住民さん同士の付き合いも濃いのでしょうね。

「そうですね。移住当初は関東から1人での移住だったので、知り合いも・同年代も・職場に同期もいない、ということがとても不安で…。でも、両親世代・祖父母世代の方々に孫娘のように日々接してもらえるのが本当に嬉しいです。地域の方々から見守られながら暮らしていける安心感を日々実感しながら過ごしています。

取材中、大家さんと遭遇!本当の孫娘のように親密な様子。

自ら積極的に入っていく地域の輪

──近所の方々とのコミュニケーションもあって、田舎での1人暮らしの不安は解消できたのでしょうか?

「そうですね。ただ、最初の半年は近所の方との交流も全くなくて『孤独だなぁ…』という状況でした。今でこそたくさんお付き合いがある近所の方も、最初はきっと様子見をしていたんだろうなぁと今は思います。
それで、当時の孤独な状況を職場の人に相談したら、『猛虎会(もうこかい)』という、曽爾村の阪神ファンが集まる会に呼んでくれたんです。」

──どんなことをする会なんですか?

「皆で一緒に阪神タイガースの試合を観戦する会です。行ってみたら本当に全員が阪神ファンなんですよね。着いたら『誰?』と聞かれることもなく、『おう来たか。一緒に応援するぞ』という感じで、見ず知らずの私を、『この場に居るから仲間や』と言わんばかりにすんなり受け入れてくださったんです。
その『猛虎会』に参加してから、地域の方々から次第に色んな集まりに呼んでいただけるようになりました。」

ちなみに、テレビ前で一喜一憂する阪神ファンの様子を身近で見た東さんは、野球観戦と同時に『阪神ファンを生で見る』というめったにお目にかかれない機会も全力で楽しんだそう。

──「初めまして」のコミュニティに飛び込む際、怖くなかったですか?

「移住前を思い返すと、初めてのコミュニティに行くときは少し緊張したり、怖いなぁというプレッシャーを感じやすいタイプだったのですが、曽爾に来てからは、行く先々で初めて会う人でも、先方は私のことを既に知ってくれている場合が多いんです。職場の人や大家さん経由で話を聞き、色んな人が私の存在を知ってくださっているみたいなんですよね。
小さい村ですから、出会う人々が結局はご近所さんですし、今では積極的に色んな人と知り合いたいなぁと思えるようになって、『初めまして』をする心のハードルは下がりました。」

──「猛虎会」以外にも入っているコミュニティはありますか?

「門僕神社の秋祭りで獅子舞を奉納するコミュニティの『奉舞会』を見学させてもらったり、メンバーのお食事会に誘ってもらったりしました。そのおかげさまで、今年から私も『奉舞会』に正式加入し、お祭りデビューを果たしたんです。」
✦奉舞会(ほうぶかい):県の無形民俗文化財に指定されている「曽爾の獅子舞」を継承する会。

秋祭りの前日、お家を周ってお祓いしている様子。東さんは笛担当。

「奉舞会は長野・今井・伊賀見にありますが、今井は一番練習頻度が多く、9月から本番まで、平日20時から毎日練習があるので、地域の方々との距離もグッと縮まりましたね。
お祭り当日は、自身も奉舞会に入っているからこそ、当事者目線で伝統的なお祭りの様子を観ることができたし、お祭りが終わったあとも『お祭りで見たよ』と、以前より一層地域の方に知ってもらえ、声を掛けてもらう機会が増えたように感じます。」

──コミュニティへの参加を通して、より交流の輪が広がっているんですね。

「そうですね。『猛虎会』や『奉舞会』などのコミュニティに参加しているうちに、お食事処2・7で開催された20~30人規模の曽爾の交流会にも参加することができて、地域おこし協力隊の方や、村内の事業者の方々とも知り合うことができ、普段馴染みのない方々との繋がりが一気にできました。」

──孤独を感じていた移住当初から一転。今では様々な人と繋がり始めて感じることは?

「村民さんに自分自身のことを紹介する場が比較的多く設けられている地域おこし協力隊の方々とは違って、私はただの新卒入社で単身移住してきた身だったので、自分から積極的に地域の輪に入っていかないと誰からも認識してもらえないし、コミュニティにも入れないんだな、と感じました。

でもそれって決して苦しいことではなくて、ある意味、自分自身が無理しない範囲でコミュニティの輪を徐々に広げていけるということだと思うんです。焦らず無理せず、ちょっとずつ顔を知ってもらう機会を増やしていき、今ではお家に一人でいる時間よりも、外で人と関わっている時間の方が多くなりましたね。」

都会暮らしと変わったこと、変わらないこと

──近所付き合いや、コミュニティへの参加など、曽爾の暮らしに積極的に順応しているようですが、都会で暮らしていた時との変化を感じることは他にありますか?

「家に虫がめちゃくちゃ出ます。リノベーション済の古民家に住まわせてもらっているので、水回り等はとても綺麗なのですが、スキマがたくさんあるのか、そもそも虫が多いからなのか、部屋にムカデやカメムシがよく出ます。古民家なのか現代家屋なのか、住居形態にもよると思いますが、田舎に住むなら虫は絶対条件ですね…

寝ているとき背中の下にムカデがいたり、洗濯物を干そうと思ったら洗濯機の中にムカデがいたり。(ムカデって洗濯機を回していてもびくともしないんですね…)
あとはコウモリが家の中に入ってきたこともあります。それはさすがに1人で対処しきれなくてご近所さんの力を借りて対処しました。」

──どこの田舎に行っても虫エピソードはよく聞きますね。…コウモリ乱入事件は滅多にないですが!(笑)

「1匹のムカデを退治するのに1本の殺虫剤を使い切ることもあったので、村民さんに相談したら『パーツクリーナー』が効くと教えてもらいました。本来は車用のスプレーなんですけど、シュっとするだけで油が揮発して虫がイチコロなんです!臭いもないのでオススメです。」

「ホームセンターの車のメンテナンスコーナーにあるので是非」 と大笑いしながら勧める東さん。

「冗談はさておき、ご近所付き合いが頻繁にあったり、コミュニティの団結があったり、虫がたくさん出たり…。田舎ならではの変化はたくさんありますが、それ以外は基本的に都会暮らしと変わらない印象です

車を30分くらい運転したら、飲食店・家電量販店・大型スーパー・衣服店など、色んなお店がある三重県名張市まで行けるし、同じく車で30分くらいの榛原駅まで行ったら、電車1本で大阪まで出られるし、お買い物系では都会に住んでいた時と比較しても不便は感じないですね。

はじめての田舎暮らしで大丈夫かなぁという不安はもちろんあったけど、1ケ月くらいで基本的なことは変わらないなぁ、と気が付き始めました。」

──変わったこと、変わらないことを感じる日々のなかで、東さんが思う田舎暮らしで意外だったことは?

「大きく変わったと感じる人間関係に関しては、移住する前は『畑仕事、若いから手伝ってよ』というお声がけが頻繁にあるのかと思っていたのですが、そういうことは、意外と自分から積極的にいかないと声をかけてもらえないんですよね
移住前のイメージ的には『あれもこれも全部参加してほしいねん』とグイグイ言われるのかと思っていたけど、実際には地域の方も気を遣ってくださっていて、敢えて無理に誘ってこないんだと思います。」

──そんな気づきがある今、これからはどんな風に曽爾で暮らしていきたいと思っていますか?

「移住して1年半で、『受け身ではダメなんだ!』と実感したので、これからは興味があることは自分から『やってみたい!参加したい!』って、どんどん発信していきたいです。
大学で発酵を学んでいたこともあり、最近は太良路で行われている『あゆみ会』というお味噌を作っている地域の会が気になっているので、いつか見学しに行けたらいいなぁと。」

──はじめての社会人経験を曽爾村で積んでいくなかで、色々な発見や繋がりを通して、この1年半とても成長しているのではないでしょうか。

「うーん、暮らしの面ではそうかもしれませんが、キャリアの面では『20代の新卒が地方でビール作り』という特殊な進路を歩んだので、同世代の都会でキャリアを積んでいる人と比べたら経験できなかった社会人経験があるなぁとは思います。
曽爾村に来たこと自体は全く後悔していませんが、これから就職・転職・移住を考えている20代の同世代に言いたいのは、『ある程度都会でキャリアを積んでから来た方が選択肢は広がるかも』ということです。
まぁ、私は新卒の時点から地域おこし協力隊も選択肢として見ていたので、根っからマイナーな進路に惹かれていたんだろうな~と思いますけどね!(笑)」

──曽爾村への移住希望者さんの年代は30代~60代まで幅広いのですが、20代での移住希望者さんは比較的少ないです。そんな貴重な20代の移住者として、感じることは?

20代で移住して良かったと私は思っています!20代だったらまだまだ失敗もできるし、キャリアの軌道に乗り始めたり、家庭を持ち始めたりする年代と比べて飛び込みやすいので。あとは、若いと地域の方々から「孫」と思ってもらえる世代なので、今まで以上に可愛がってもらえますよ(笑)」

──最後に、年代関係なく移住を志している人々へメッセージをお願いします。

やらないで後悔するよりやって後悔』という言葉が移住にはぴったりかな行動しないとそもそも何も始まらないし、それは移住した後も同じで、移住後も自ら行動しないと都会暮らしとなんら変わらない普通の暮らしになってしまいます
私は田舎暮らしをenjoyしていますよ!悩んでいるなら、まずは行動してみてください!!」

 

村のおじいちゃんおばあちゃんとのエピソードトークが絶えない東さん。

地域住民さんとの経験談を話している様子は、どれも心から嬉しく楽しそうな様子で、本物の「おじいちゃんおばあちゃんと孫の日常」を日々過ごされているようでした。

曽爾村に20代で新卒入社の単身移住という、かなり特殊な道を選んだ彼女ですが、その決断当時の勢いに劣ることなく、移住後も積極的に地域の様々なコミュニティに入り込み人々と交わっていこうとする姿勢がとても印象的でした。

今後、東さんがどういう風に村のなかで存在感を出してくるのか、今からとても楽しみです。

  

おしまい

曽爾村用語辞典

✦奉舞会(ほうぶかい)
県の無形民俗文化財に指定されている「曽爾の獅子舞」を継承する会。
「曽爾村郷土芸能を守る会」として長野・今井・伊賀見に奉舞会が存在し、移住者も在籍している。

(2024年11月取材)